2010年11月6日土曜日

観念の幻または逃げ水

想いをもって語られた言葉は聴かれなければならない。人が生きることの目的の一つは、想いがのった人のことばを聞くことではないのか。憎むべきは想いとは無縁で語られたことば。

今自分の頭の目の前に、「想い」ということが意味する観念の全体イメージがはっきりと細部までが見えている。それは生まれてから今までの体験が凝縮されたものとも言えるし、今ここにまったく新しく創出したものともいえる。
それは細部を備えた完全なるイメージだ。だから結局それはないともあるともいえるものだ。
でも、確かにわかっていることは、このイメージはすぐにでも手のひらの上の雪のように、消えてしまうこと。
(101022)

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