2010年11月29日月曜日

創造するということ

デザインは芸術と同様、何かを創造する仕事である。「創造する」ことの現象的な実体は、決めること、あるいは選択すること、判断することだ。ある問題に対して、Aでなく、Bでなく、Cを選びとることを決心すること。いろいろなレベルのデザインというものがあるけれど、どれも同じことだ。
もっともミクロなデザイン、私の行っているデザインの例で言えば、コンピュータスクリーンのあるシーンのあるアドレスにあるピクセルを「赤くすること」より正確にいえばRGBの値を決めることだ。また「赤くすること」の中には「青くしない」「黒くしない」など、多くの捨象を含んでいることにも意識を払っておきたい。
マクロなデザイン、たとえば社会システムのデザインも結局はある選択肢の中から他のすべてを捨てて、ただ一つの解を選びとることだ。創造と呼ばれている行為は、そういうことなんだと思う。絵画にしても音楽にしても行為としては同じだ。

もう一段、行為の階段を下りてみる。

a. 選択肢の群、つまり解となる可能性のあるものを列挙すること。
b. 選択の基準を、決めること。

a. は、つまりアイデアを出すこと。
b. は、つまりデザインコンセプトを決めること。

この二つが決まって、はじめてデザインという選択行為が完結できる。
注意したいのは、a. と b. は、この順序で起こるということ。この順序性は創造にとって肝要なポイントであると私は思う。
普通に考えると、選択基準があって選択肢を絞っていくのが自然な流れであるように思える。しかしデザインコンセプトは、デザインの条件ではなくデザインの結果である。多くのアイデアから可能性のあるものを抽出する過程で得られた抽象的な概念がデザインコンセプトである。はじめにデザインコンセプトが提示されてそれにそってアイデアを出していくのは、話が逆である。実際にはそのように進めるよう指示されることも多々あるのだが、その場合でも、出したアイデアがよいアイデア群であるほど、そのアイデアはデザインコンセプトをより生き生きと再定義しているはずである。
(101129)

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