2010年9月11日土曜日

9.11

私自身は、どちらかというと偽善者だと思うが、偽善者をはげしく糾弾する態度も、また自ら名乗る偽悪者も、基本的には角を一回だけ曲がっただけの偽善者に過ぎないと思うのである。
善を説くことも善を糾弾することも、非論理性を内包せざるを得ない、と直感的に思う。つまり、言葉で善を語るべきではない、ということだろうか。
(100911)

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