2011年9月22日木曜日

ことばの意味について


たとえば、デザインとアートは基本的に同じものではない。そのちがいについて論理的で詳細な議論をしたくない。というか、細かい見方は意味を失う。一つ一つのことばに明確な定義をあたえて、そうでない陣営を批判する(ということをさんざんやってはきたが)ということは、もうやめにしたい。いくら自分に正確で正しい定義に見えたとしても、そういう「正しい定義」ができるということが、そもそも怪しいというか、根拠がない。
あたかも「デザイン」という概念がアプリオリに「ある」とどうして考えてしまうのだろうか。人々がする行為の一つの傾向を、誰かが「デザイン」と呼んだということにすぎないのに。
もちろんそれには一般性があって、それだからこそ人々はそれを了解してそのことばが定着したわけなのだが、元々その概念の境界はあいまいなものである。すべてのことばは、そういうものだということを忘れて議論、ときには戦争さえすることの無意味さはどうしたものだ。
「定義」のあいまい性を認めつつ、明快にそれ自体、その「実」を語ることができたらいいのたが。あいまいであるからこそ、その核の部分を言いあてることができる、ということをもっともっと深く考えなければいけないのだろう。
(110922)

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