「絶対音感」という感覚があるように、絶対デザイン感(観?)というのものがあるようだ。自分自身は相対的な形でしかデザインを判断できないけれど、それがある人にはある。それは品質に関する絶対的な尺度といってもいい。
絶対的な尺度というのはいつも危うさを含んでいる。それを「説明」してはならない。説明は拒まれている。それは説明を超えたところにある。(「絶対」なんだから。)
「一つの系の中にいて、その系の正しさを証明することはできない。」という数学の大定理(*)を、私は100%支持する。その意味するところは「絶対性」の排除であると思うが、しかし私はそれを支持した上で、なお絶対的な「判断」というものを排除しない。
この相対性と絶対性の関係は、まだかなり考えを巡らす余地がある。今、その扉の前に立つ私は、か細い糸を右手につかんではいるが、それを語る十分な準備ができているとはいいがたい。
おそらくそれは「説明」によってではなく、「表現」によって語るということになるのだろうと思う、S先生流に言えば。
このあたりのことを、今度の論文の基本的な核にできればいいのだが。
(*)「ゲーデルの不完全性定理」
(110412)
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