2011年3月28日月曜日

デザイナーに理由を聞かないで


グーグルのビジュアルデザイン責任者が退職した、という記事について。
(http://japan.cnet.com/news/biz/20390324/)

デザイナーとしてこういう経験はたまにある。アバウトにいえばよくある、といっていい。だからこのデザイナーの気持ちは、本当に身につまされる。よく耐えたね、エライ! たぶんグーグルの技術者はとても優秀なんだろうと思う。そして何が正しい選択なのかを彼らなりに追求しているんだろう。
私だって答えを知りたいと思う。青の13番がいいのか54番がいいのか。でもその中間の色を並べて、どれが統計的によいのかを問うのは、なんだか違う。

まず第一に、私たちは「問えていない」ことに気がつかねばならないと思う。多くのデザイン的なデシジョンに関して、私たちデザイナーも含めてだれも、正しく問題を問えていないということを認識すべきだ。
デザイナーである私が青の13番と54番をデザインの候補としてあげるのは、その中間に答えがあるからではない。ある部分の色が代表する何かの意味または「いい感じ」に二通りの候補があるということだ。なんでその二つかは、よくわからない。デザイナーの気持ちとしては、絞りに絞った結果が二つの色なんだから、そのどっちかで決めて欲しい。
まぁしいていえば、これは「経験」であり「勘」なんだというしかない(私はこういう結論は嫌いなんだけど)。もちろん少しは説明することはできる。「この少し赤みを帯びた青は、さわやかさの中にほんの少しだけ「色気」を忍ばすことができるんだ」とかなんとか。それは本当にそうなんだけど、他にも考慮すべき感情や価値観はたくさんあるので、それが正しいかどうか論証を求められてもできない。でも経験や勘という中には、すべてのエッセンスが入っている。と少なくともデザイナーは考えている。

逆に考えて見て欲しい。デザイナーに何を求めているのか、つまりデザインに対する「要求仕様」はいったい何なのかを。それはいったい誰が書くのか?
私は長らくデザインをしてきて、そのようにデザインに対して明確に仕様が提示されたことを一度も経験していない。この問題はなかなかむずかしい。「どこへ行け」と言わずに航海に出して、どこかいいところへたどり着いてください、というのだから。そのように目標が曖昧なんだから、答えが正しいかどうかなんて簡単に言うことはできない。
ではデザイナーは何をしているかというと、その穴だらけの要求仕様(や顔色)の紙背を読んで、自分なりの問いを仮説する。といってもそれを言語化するかどうかはデザイナーによるが。デザイナーがいちばんうんうんとうなるのは、問いを自分の中に定着させることに対してだ。自分として問いが定まらなければ、どんなデザイン案も作り出せない。問いが見えれば「よっしゃ、つかんだ」となる。

そしてここがおもしろいところだけど、デザイナーは問いを定着させるために、答え(絵)を描いてみる。答えを描いてみないと、問いが適切かどうかわからない、というこの逆転現象。これをアイデア出しというのである。アイデアを考えるというのは、答えを探すというより、むしろ問いを探しているような気がする。前にも何度か書いたけれど「デザインは問いと答えを一緒に差し出す」とはそういうことだ。
そして答えを見てその問いが適切かどうかを判断する基準を、私は「リアル」と呼んでいる。私のリアルが「たぶん、こっちだろうね。あってるよ、たぶん。」と私にささやく。
もちろんこの問いが、外れることもある。また駆け出しのデザイナーは、問いは外れていないがスキルが足りなくて問いに対応する答え(デザイン案)を作り出せない、ということもある。ディレクターという人は前半部分の問いを固定する役目の人のことである。

だから、もしデザインの何かを検証しなければならないとしたなら、「問いの正しさ」をこそ測らなければならない。でも、私にはそれがどうすれば可能になるのかわからない。どうしても測りたいというのなら、これらのことを理解して、なんとか測ってみてほしい。デザイナーにその理由を聞かないで。
(どうやら理解には、その理由を説明できるような形でのものと、そうでない理解というのがありそうな気がしてきた。それはまた今度。)

(110328)

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